ャイムが鳴った。清らかに学校の静寂を裂き、一瞬の後には喧騒が巻き起こる。
それは僕らを学校から追い立てる音だ。
そのリズムの後、学校はもはや僕らのために保護を提供してはくれない。
夜の帳が襲い来る前に、僕らは帰らねばならないのだ。
修羅が住まうと知っていても、一つしかない“家”に。
同級生達ががやがや騒ぎ、屈託の無い話題を次々と入れ替えながら、楽しげに家路を急ぐ。
彼らを待つのは、きっと暖かな食事と、保護者の優しいまなざしだろう。
だか、僕は――。
父さんが再婚したのは一年前、僕がもうすぐ12になる冬だった。
新しい母親は、若くって美しかった。連れ子だという僕より一つ年下の少年も、同様に。
初見の“家族”との日々は、違和感を残しながらもつつがなく続いた。
僕は新しい母親を母とは呼ばなかったし、弟となった少年の名を呼び捨てることも無かった。
彼女らもまたそれをとがめることなく、我が家は一応平穏に見えていただろう。
事態が急変したのは、半年程前、父さんが事故で亡くなってからだ。
玄関の扉が重苦しく閉じられている。その前に立ったまま、僕の足はすくんで動けない。
半年前まで、確かに僕の安らぎの地だった家が、今では恐ろしい魔物の口腔だ。
漸く覚悟を定めて、僕は扉を開く。
「ただいま戻りました。」
大きな声で帰宅を告げて、靴を脱ぐ。そしてすぐさま玄関に跪く。
足音が近づくのを感じながら、指をそろえて額を床に擦り付けた。
やがて義母が僕の前に立った。
淡く化粧を施しただけで、過度に華美な印象を受けない。
一見して慎ましい大和撫子に見えなくも無い。
すらとした四肢には無駄な脂肪が一切なく、子供の僕の目から見ても美しい。
「ねぇ、遅かったじゃない?」
鈴鳴るような冷酷な声が頭上から降り注ぐ。
僕は土下座したまま首を上げない。
これが、父さんの死後以来、義母が僕に強いている服従の儀式なのだ。
もこもこと怯えに舌を震わせながら、僕はその威圧の前に萎縮した。
逆らうことなど出来ない、それは既に骨身にしみこんでいる。耐え切れない痛みの記憶と共に。
「こいつ、僕より先に学校出たよ。僕、見たもん!」
頭を上げなくとも分かる、義弟のひかるだ。
涼やかなボーイソプラノと瑞々しい肢体を持つ、艶やかな少年。
明るく人気者の彼は、しかして僕を前にすれば地獄の帝王が従える小悪魔と化す。
「あらそう、そんなに帰りたくなかったの?」
嘲笑を含んだ声を僕は泣きたくなる思いで聞いていた。
次に宣言されるだろうことは分かっている、弁論など無論許されない。
「お尻よ、わかってるわね?」
確かめる言葉と共に義母はきびすをかえし、室内へと消える。
ひかるはにやにや笑いながら、壁に悠々と背中を預けた。
上げた僕の視界がぼやけていた、与えられる痛みを思って、既に涙が流れ落ちていた。
「あーあ、恥ずかしいねぇ。僕より年上なのにさぁ。
ほら、早くお尻出しなよ。
母さんが帰ってくるまでに準備が出来てないともっと痛くなるよ?」
屈託の無い声が促して、語尾は楽しげな忍び笑いに隠れた。
おずおずと立ち上がり、震える指で僕はズボンのベルトに手を掛けた。
だが中々引き下ろすことはできない。羞恥が十二歳の僕を支配していた。
「ほーらーぁ、おーしーり?」
小さな子供に言い聞かせるようにひかるは僕の耳元で囁いて、手伝ってあげるとばかりに僕を引っ張って、両手を壁に付かせる。
それから慎重に、まるで何かの職人のような真剣な態度で僕の腰の角度を調節する。
そうして僕はすっかり玄関先に、尻を突き出した惨めな格好を曝すこととなった。
ひかるの細い指が僕のズボンにかかり、わざと時間を掛けてそれを引き下ろす。
徐々に冷たい空気に、尻と性器が晒されて行く。
僕の唇から小さな嗚咽が漏れた。ひかるはそれを聞いてくすくす笑う。
「母さん、こいつがさぁ、中々脱がないから、僕手伝ってあげたよ。」
恥辱に埋没していた僕の精神を、ひかるの声が打ち破った。
忘れていた畏怖が一斉に戻ってくる。嗚呼、と僕は呻いた。嗚呼。
「そう、ひかるは良い子ね。
それに引き換えて、お前は…。
さぁ、たっぷり悪い子のお尻をお仕置きしてあげますからね。
お願いの言葉は?」
義母はどうやら、突き出された僕の尻の後ろに立っているようだった。
今日の道具は、数学教師だった父が使っていた一メートルの木製定規。
それで軽く僕のお尻を撫ぜながら、問いかけてくる。
冷たいそれの感触が戦慄を背筋に走らせる。細かな嗚咽が悲鳴になりかける。
喉に引っかかっていた声は震えながらなんとか形となる。
「僕はとても悪い子です。僕はこのままではちゃんと大人になれません。
僕が良い子でいられるように、僕の悪いお尻を懲らしめてください。
二度と悪いことが出来ないように、うんと叩いてください。」
強いられた文句を叫ぶように口にすると、背後で義母が笑む気配がした。
自らお仕置きを請うように仕込んだのも、この鞭だ。
「いいわ、それでは罰を与えます。
ちゃんと感じて、反省なさい。」
断罪の声が酷く遠く感じられた。
それからは早かった。
風を切る容赦のない音、尻への衝撃、そして痛み。
ぴしゃ、と湿った音が響いてから数秒を経て、熱いような、突き刺すような鋭い痛みが尻に込みあがってくるのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさぁい。」
一発打たれるたびに、僕は悲鳴交じりに謝りの言葉を吐く。
これもまた刷り込まれた悲しい習性だった。
涙は取りとめも無く瞳から溢れた。
そんな僕の隣にちょこんと座って、ひかるが楽しげにその光景を見ていた。
痛みはやがて痺れとなれ果てる。許しを請う声も徐々に力を失う。
腰が砕けて地面にへたれこみそうになった頃、ようやく打擲は止む。
「今日は、一時間ね。しっかり反省なさい。」
義母が告げる時間の意味は、僕が仕置きをされたままの態勢で尻をさらしていなければならない刑期だった。
大声で返事をして、僕は尻を一層に強く突き出した。
なるべく惨めな様子を見せれば、定められた時間より早く義母に許されることもあるからだ。
思春期を迎えたばかりの僕にとって、痛み以上にこの仕置きが持つ恥辱の刺激は耐え難いものだった。
仕置きが終わってからも、しばらくひかるは僕の様子を観察していたが、やがて飽きたようにどこかへと行ってしまった。
台所から包丁の刻む音が聞こえてきた、義母は調理をしているようだった。
事態が動いたのは、それからおよそ三十分経てからだった。
玄関に例の姿勢でじっとしていた僕の横で、チャイムが鳴ったのだ。
体が強張った、こんなところを誰かに見られると考えただけで、呼吸が苦しくなる。
そんな僕の横を、「あ、来た。」とはしゃいた声を上げてひかるが駆け抜ける。
来客と二・三言を交わすと、ひかるは大きく扉を開いた。
外から口々に「おじゃまします」と言いながら、ひかるの同級生が数人はいってきた。
無論彼らは直に僕に気づいた。
怪訝に顔を見合わせ、裸の僕の下半身や、腫れ上がった尻を無遠慮にじろじろ見てくる。
僕の目にはまた、涙が浮かんできた。
「上がってよ、僕の部屋は二階だよ。」
そんな僕がまるで目に入らないように、ひかるは例の明るい声で一同に促した。
何か聞きたそうな様子を見せながらも、子供達はひかるに続いて二階へと上がっていった。
ほっとしたのもつかの間だった。
数分後、ひかるは独りで階段を下りてきた。
僕に一瞥くれると、そのまま台所へと入っていった。
その横顔に意地悪そうな笑みを見て、僕は堪らなく嫌な予感に襲われた。
「ほんと?やったぁ!」
しばし義母と何かを話し合っていたが、じきに嬉しそうなひかるの声が聞こえた。
足音は再び僕に近づき、僕は尻を突き出して不自由な姿勢で、首を曲げて彼を見上げた。
ひかるは小さな帝王のように得意げに笑んで、僕に鷹揚に命令した。
「僕の部屋に来いよ。母さんが、続きのお仕置きはそこでいいってさ。
あ、ズボン邪魔だから、置いていってよ。」
そこで僕はようやく彼の思惑が知れた。
残酷な小悪魔は、僕を彼の友人らとの玩具にしようというのだ。
懇願するように僕が小さく首を振ると、ひかるは眉を顰めて、僕の尻を撫ぜた。
「ねぇ、まだ足りない?」
その一言で十分だった。
僕は泣きはらした目を擦りながら、足首まで下げたズボンを脱ぎ捨てた。
ひかるは僕の前に立ちはだかり、まじまじと茂みに隠れていない未熟な性器を見つめた。
力なく垂れ下がったそれは、ひかるの視線の前でますます縮こまった。
「ははっ、赤ちゃんみたいだね。」
ひかるがそうあざ笑う。僕はまた涙を流す。
それからひかるに連れられて階段を上がり、彼の友人らが待つ部屋へと導かれた。
扉の向こうの彼らは、子供特有の好奇で意地悪な視線で僕を迎えた。
「はい、みんな、紹介するね。
これが僕のお兄ちゃん、お尻もおちんちんも丸出しで恥ずかしいねーぇ?」
ひかるのからかう声にあわせて笑いが起こる。
僕は彼らの真ん中で、両手を「気をつけ」の姿勢ですすり泣いていた。
なんてズボンはかせてもらえないの、と女の子の一人が訪ねた。
ひかるは待ってましたとばかりに僕を横目でにらんで、答えを促した。
なんとか許して欲しいと僕は視線で訴えたが、ひかるはそれを見ると、掌でビシリと僕の尻をぶった。
言うことを聞かない飼い犬を躾けるような仕草に、僕は抵抗が無駄だと悟った。
僕は「気をつけ」の姿勢のまま、教えられた文句を大声で唱えた。
「僕はとても悪い子です。僕は頭が悪いので、お尻で躾けてもらわなければ分かりません。
僕はお尻を叩かれたことを忘れないように、お尻とおちんちんを丸出しで反省します。
また悪いことをしてもすぐにお仕置きしてもらえるように、“お尻”と言われたらすぐにズボンを脱ぎます。
悪い僕のお尻をどうか躾けてください。」
消え入りたい惨めな気持ちで、僕はこうべ垂れた。
ひかると彼の友人達は、無遠慮に滑稽な僕を笑って、二人ばかりの子供が、僕の腫れ上がった尻をぱちんと打つ。
その僅かな刺激にさえも、痙攣しそうな痛みが走る。
もういいよ、とひかるが命じる。
僕は彼らから離れ、部屋の隅で立ち尽くす。
身じろぎするたびに性器が揺れて、それがまた笑いを誘う。
結局一時間が過ぎても、ひかるは僕を解放しなかった。
ゲームに興じる彼らの傍で、僕は裸の下半身と赤く腫れた猿のような尻をずっとさらしていた。
夜の闇が訪れるころ、ひかるの友人達は帰って行った。
去り際に例の女の子が、くすくすと含み笑いながら、哀れな僕の姿を眇め見た。
友人を見送ったひかるもまた、夕食の為に1階へと降りていく。
調度品と化したような僕に、声をかけることもなく。
此処は修羅の家。鬼の住む家。
見入られた僕は、いつまでこの理不尽に囚われるのだろうか。